2010/04/22

起き上がりこぼし再び

夏日から一転、冷たい雨。
着て、更に着て、街に出る。

起き上がりこぼしのような格好にうんざりしながら、漸く手元に届いたベストセラーの三巻目の頁を、ゆっくりと慌てず、急がず、繰っている。

その中にマルセル・プルーストの『失われた時を求めて』に関するくだりがあり、“刑務所に入るか、どこかに長く身を隠すような機会でもないと、それを読み通すことはむずかしい”というようなことが書かれていた。
私はぼんやりと、かつてのアメリカでの生活をおもいだした。
アメリカでの生活は、もちろん、刑務所に入るのとも違ったし、身を隠すようなものでもなかったけれど、プルーストを読むのにはうってつけのようにおもえた私は、わざわざそれをスーツケースに放り込んで持ち込んだのだった。
しかして、アメリカでの生活は、刑務所に入るのとも違い、また、身を隠すようなものでもなかったからなのか、結局私は、プルーストを読み通すことはなかった。
読み通すどころか、「スワン家のほうへ」で早々に脱落した、というのが、ほんとうのところである。
間違いなくその年は、それまでの人生で一番多く本を読んだ一年であったから、私が今後プルーストを読み通す可能性は、極めて少ないであろう。
それこそ、刑務所に入るか、長く身を隠すような機会でもない限り。

明日もこの陽気が続く、という。
二の腕だの肩だのの皮膚を布で覆わずとも外に出られる、そんな季節が待ち遠しい。

2010/04/16

4月の起き上がりこぼし

よもや4月の半ばの東京で、着膨れ、起き上がりこぼしのような格好をすることになるとは。
甘さの感じられない寒さである。

「春先に厚着なんて野暮」と、早々に冬物をクリーニングに出してしまった自身を、3月の末からこのかた、何度呪ったことか。
寒気と暖気の勢力が軒並み平年よりも強い、というのが、気温の乱高下の原因らしい。
今晩は雪の降る可能性さえあるという。
そうなると葉桜に雪。
風流といえなくもないが、勘弁して欲しい。

2010/04/11

お薬師さんとマカロン二つ分のお祝い

29歳になりました。

その日になる瞬間を仕事場で迎え、やれやれ、とため息をついたものの、なにやかやで誕生日はよいものですね。

終電、深夜の桜の国、中野の街。
少し遠回りをして、満開の桜を見上げながら、帰宅。
“お薬師さん”梅照院の古木も眺めます。
お薬師さんの境内、桜の頃は、何度も何度も何度だって訪れてしまう。

いつものカフェのいつものランチには、迷わずケーキをつけます。

デザイン事務所に所用で出掛けた帰り道、閉店間際の西武百貨店ピエール・エルメにて、ローズとショコラのマカロンを購入。

入稿作業を手早く済ませ、帰路に就き、また中野の街で遠回り。
お薬師さんを抜けて、この日二度目の帰宅。
マカロンとミルクたっぷりのカフェオレで、ランチのケーキに続き、こちらも二度目の、ささやかなお祝い。


やはり、誕生日はよいものです。
ひとり上手の感が否めませんが、それすらも悪くはない。

“若さ”や“未熟さ”が称揚されがちな現代日本において、それらをゆっくりゆっくりと失いつつあるのだな、と感じています。
しかし、25歳より26歳が、27歳より28歳が面白かったような気がしており、29歳、そしてその先にも、漠然と期待すらしている。
もちろん“老い”に対する恐怖感がないというわけではありませんが、時の流れは不可逆で、誰にでも平等だとも言える。
だったら楽しんだ者勝ちなんじゃないかと。

“成熟”もきっときっと楽しい。
明るい気持ちに満ちた、29歳の入り口です。

“おめでとう”のメッセージをくださったみなさまに最上級の“ありがとう”を。