2009/08/31

8月のおしまいは

8月のおしまいは雨ふりサーカス。
そういえば、今年の台風はちょっぴり意地悪だ。
地震だの政権交代だの、なにやかやにくっついて北上をする。

ちょっぴり意地悪な台風が、房総半島を掠めて北上し、私は8月のおしまいを、少しばかり持て余す。

2009/08/27

よるのゆうわく

中野のちいさなカフェ、カルマ。

メニューのケーキセットのところには「よるのゆうわくたまにはいいんじゃない」というようなことが綴られていますが、私の場合、これが“たまに”ではなく、100%返り討ちに遭います。


写真はお味噌のカップケーキとチャイのセット。
しあわせの組み合わせです。

2009/08/22

校了作業とドラゴンクエスト9

私は月刊ベースで、本をつくる仕事をしています。
よって、月に一度、校了という作業がやってきます。
(納期のようなもの、と考えていただければ、差し支えないかとおもいます)
校了前は、深夜帰宅がつづきます。
ロングスリーパーの私は、帰宅後すぐさま風呂を済ませ、せっせと布団に入り、翌日に備えるのが常です。

しかし、今月の校了前は、簡単にはいきませんでした。
タイトルにもあるとおり、遅ればせながら「ドラゴンクエスト9」を手に入れてしまったから。。。


朝も昼も深夜も、5分あれば、DSの電源を入れてしまう、私。
睡眠が不足し、脳がきゅうきゅうと音をたてています。
それでも、電源を入れてしまう、私。

2009/08/16

ピート


実家の愛犬、ピート君です。
ピートという名前は、モンドリアン画伯から頂戴いたしました。
ピート君の小屋はもちろん、画伯にちなんだモンドリアン柄です。
悪巫山戯の気持ち半分で、姉弟、協力して小屋を塗りました。
ちなみに先だっての静岡の地震では、彼も脅えたそうです。
大好きな朝ごはんになかなか手をつけなかった、とのこと。
私は根っからの猫派でしたが、犬もいいよなあ、とおもう、今日この頃。


2009/08/09

WORLD HAPPINESS 2009

行って参りました、夢の島。
もちろんお目当ては、再結成されたYellow Magic Orchestra。
そして、pupaに高野寛、なにやかやで露出が少なく、なにかと話題の相対性理論、このあたりに期待していました。

しかし、地下鉄で行ける野外フェスはいいですね。
さらには、20時には散会、というのもいい。

お天気もなんとか持ち、大トリのYMOまで、ビール片手に、ゆるゆると楽しみました。

それにしても、やはりおじさまたちは素敵でした。
Yellow Magic Orchestra名義での、国内の野外フェスへの参加は、今回が初めてだそうです。
一曲目が「Hello, Goodbye」で、すっかり気持ちを攫われました。
AC「Fire Cracker」は晴臣おじさまが大変セクシーでした。
本当にあっという間の1時間。
気がつけば、日はすっかり暮れていて、ステージの花火が眩しく映るのでした。

2009/08/06

7月のおしまいに

7月のおしまいに、少し早めの夏休み。
カンボジア・シェムリアップに行って参りました。

サンフランシスコでの生活を終えてのち、すっかりドメスティックな日常に浸っていた私にとって、4年5か月ぶりの越境。

憬れたアンコールの遺跡群。
人の造りしもの。
千年前の最先端。
そしてそれを呑み込む木の根、熱帯の森。

そこでは、かつての意味は削がれ、また新たな意味が生まれていました。

トゥクトゥクで受ける風、独特の匂い。
そこにある人々の生活のダイナミズム。
東京とはまったく違った速度で流れる時間は、刺激的で、かつ、愉快なものでした。

体験が思い出に変換されるまでの数日間、すっかり惚けたようになり、社会復帰はなかなかに困難をきわめました。

余談ですが、国の境目を越えると、自らと世界の境目が際立つのは、実に面白いことですね。
自身の存在の不確かさが、逆に境界を際立てるのでしょうか。

2009/08/04

ピナ・バウシュ

敬愛してやまないドイツの振付家、ピナ・バウシュが、6月30日、ヴッパタールの病院で亡くなりました。
癌と診断されたわずか5日後の死だった、とのこと。
彼女とヴッパタール舞踊団の2010年の来日が、決まった矢先の出来事でした。
私は、何気なく開いた、日本文化財団のホームページ上で知りました。

忌野清志郎の死よりも、マイケル・ジャクソンの死よりも、アベフトシの死よりも、私にとっては、彼女の死が衝撃でした。
ひどく混乱した私は、洗面所で少しなきました。
身体いっぱいに、かなしみが澱となって積もってゆきます。

ああ、こんなにも、私は彼女に励まされていたんだ。
「怖がらずに踊ってごらん Tanzen gegen die Angst」
彼女の言葉に、揺さぶられ、啓蒙され、赦されていたんだ。

もう、カーテンコールで彼女の姿をみることはできません。

彼女が死に、私は身体の一部が足りないような〈不安〉をおぼえます。
でも、踊らなきゃ。
みっともない私のこの身体を、私は信じます。

2009/08/02

気楽さで屈託を

「いとも簡単に忘れてしまう。」
「五感を持ってしても、感じる焦燥も恍惚も、本当に簡単に忘れてしまう。」

これが、今回、記録を始めようとおもうに至った、動機のひとつです。
所謂、備忘録。

でも、備忘録なら、紙の切れっ端にでも書きつけておけば十分じゃないか、そのように考える性分でもある私。
その備忘録を公開することに、屈託がないわけではありません。
しかし、その屈託も、年をとるにつれ、だいぶ扱いやすいものになってきたように感じています。
自意識の軛にとらわれがちな私が、近年獲得した一番大きいものは、ある種の気楽さだともおもいます。
気楽さで屈託をコーティングした球を、高く高く抛ってみよう、今、そんな気分です。

そして、もうひとつのキーワードは緊張感。
紙の切れっ端に書きつける場合、よっぽど精神を研ぎ澄ませでもしない限り、そこに緊張感はありません。
慌ただしい日常の中で、腰を据えて紙の切れっ端と向き合うのも、なまなかではない。
しかし、慌ただしいとはいえ、平坦になりがちな日常に緊張感も欲しい。
それが、ひとつめのエントリで書いた、「読まれる私としての緊張感」に繋がります。
それは、少しばかり、ハイヒールを履き、くちびるを真っ赤なルージュで縁どって、街を歩くことに似ているようにもおもいます。

読む私、読まれる私

読まれる私、という緊張感を持って、記録をつけることを始めます。