2009/10/12

かつて私の一部だったもの

初めて、抜歯をした。
上顎8番、所謂“親知らず”。

上顎8番は、痛みすら伴わず、いとも簡単に私の一部ではなくなり、ことん、と音をたて、金属の皿の上に載せられた。
付着した血液の赤によって、白が際立つ。
棄却された、かつての私の一部。
アブジェクション。

会計を済まし、持ち帰りたい旨を伝えると、エタノールと一緒にパッキングされた上顎8番を手渡された。

帰宅し、止血綿を外して舌先でそこに触れると、ぽっかりと大穴が空いている。
はてさて、この空隙をどうやって埋めようか。

上顎8番は、私のこの戸惑いなぞ、知りもしないのであろう。
もうずいぶん前からそうあったかのように、エタノールの海に浮かんでいる。

4 件のコメント:

  1. 一年の間、穴は食べカスで埋まります。
    色気無くてすまんもす。

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  2. 現在、空隙は鈍い痛みにより、よりその存在を意識せざるを得ない状況であります。

    確かにそのうち、食べかすで埋まりそう。

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  3. むむむ 痛そう。
    親知らずが4本生えそろっている私にはひとごとではありません。
    どうかお大事にしてください。

    たけちゃんの色気のない話で思い出したのは
    かつて自分の一部として内包していたものが、
    自分と切り離された瞬間「きたない」ものに変わるということ。(鷲田さんの本で読んだのかな、たぶん。)
    垢とか排泄物、とか。
    歯がそういう感情を呼び起こさないのは、
    もう完全に自分とは切り離された何者かになってしまっているから?

    私たちは知らず知らずのうちに、自分とそうでないものの境界を脅かすものにとても敏感なんだなーと、改めておもったよ。

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  4. うんぴさま、コメントうれしく拝見いたしました。

    アブジェクション:おぞましくも魅惑的なものを排斥すること、という概念と繋がるね。

    金田一秀穂先生がゼミの学生にしたヒアリングによれば、「きたなさ」の序列は以下。
    涙、目くそ、汗、耳くそ、フケ、へそのごま、つめの垢、垢、歯くそ、鼻くそ。
    これに、尿と便が続き、痰とゲロは論外だそう。
    血は難しいところで、つめの垢くらい、と言えるかもしれない、とのこと。

    歯は、液体でも粘着質でもない、ということがポイントかな。

    私は確かに、抜いた直後の血の赤がてらてらとまとわりつき、ぬめっとした白さが際立った親知らずを目の当たりにして、アブジェクション、という言葉をおもい浮かべたの。
    そして少しだけ興奮をした。
    帰宅して、麻酔も抜けた頃、改めてエタノールの海に浸かった親知らずを眺めた時は違った。
    これは最早、私とは完全に切り離された別のなにかだ、と直感的にそうおもった。

    うんぴが言うように、私たちは、自分とそうでないものの境界を脅かすものにとっても敏感。
    私はやっぱり、“境界”とその周辺に、どこまでも興味があるなあ。

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